6−1)興奮性アミノ酸と細胞内カルシウム調節
6−1−0)興奮性アミノ酸とカルシウムについての一般的な説明
グルタミン酸やアスパラギン酸は生体内のエネルギー代謝における重要な中間産物ですが、それ以外にグルタミン酸レセプターを介して主に興奮性の刺激を伝達する物質ということで、興奮性アミノ酸と呼ばれています。この物質は、実は細胞内には多量に含まれているのですが、一度細胞外に放出されてしまうと、神経細胞にとって、非常に危険な毒性を持ちます(神経毒性と呼ばれます)。1984年にBenvenisteらは、ラットの脳虚血モデルで、細胞外液中にアスパラギン酸、グルタミン酸が放出されることを報告し、培養神経細胞を用いた実験で、Choiらは興奮性アミノ酸により神経細胞死が引き起こされることを報告しました。これらのことより、神経組織の虚血により細胞死が起こるときには興奮性アミノ酸の放出が、それを仲介すると考えられるようになり、90年代にはこの分野の研究が、かなり活発に行われました。私も神経の研究を始めた時には、まず、この興奮性アミノ酸の病態生理や作用を解明したいというところから出発しました。
興奮性アミノ酸はグルタミン酸レセプターという受容器に結合した後、細胞内のカルシウム濃度を上昇させます。細胞内のカルシウム濃度は100nM程度で、一方、細胞外のカルシウム濃度は1mM以上です。つまり細胞膜を隔てて、その濃度差は1万倍以上の差があるということです。神経細胞はカルシウムを細胞内のメッセンジャーとして利用するために細胞膜上にカルシウムチャンネルという機構を持っています。細胞に何らかの刺激が加わると、このチャンネルは一瞬だけ開きます。先に述べたように細胞外液中には細胞内の1万倍以上の濃度のカルシウムイオンがありますから、チャンネルが開くと、細胞外のカルシウムは一気に細胞内に流入し、細胞内カルシウム濃度が上昇します。このチャンネルは通常、すぐに閉じます。そして、細胞内に流入したカルシウムはATPを利用したカルシウムポンプという機構により再び細胞外に運び出されます。細胞内にはカルシウムに反応して活性化するプロテアーゼなどの酵素がありますが、カルシウム濃度が上昇しすぎたり、チャンネルが閉じなかったり、くみ出し用のポンプがうまく作動しなかったりすると、これらの酵素が暴走して、細胞障害が進行すると考えられています。この他に、細胞内にもカルシウムイオンを貯蔵する部位があり、そこからも放出されるカルシウムも、細胞内カルシウム濃度上昇作用があります。細胞外からのカルシウム流入を起こさせるグルタミン酸レセプターをイオノトロピックレセプターといい、AMPA型、KA型、NMDA型が知られています。細胞内貯蔵部位からのカルシウム放出を起こさせるグルタミン酸レセプターをメタボトロピックレセプター(mGluR)といいます。
 
6−1−1)アストロサイトからの興奮性アミノ酸の放出
虚血という言葉は、その通り、組織に血液がなくなることですが、実際の虚血は神経組織の中で実に多くの現象を引き起こします。しかし、培養細胞を用いた実験系では、生体内における様々な反応の一部分だけを取り出してそれを観察することを目的とします。従って我々は培養細胞を低酸素、低グルコースの溶液に暴露し、その影響を観察しました。低グルコースは簡単に作製できたのですが、低酸素はけっこう難儀しました。まず、窒素95%、二酸化炭素5%のガスで溶液をバブリングして酸素を追い出した溶液を作ります。完全に閉鎖された潅流漕に細胞を固定し、そこにこの低酸素、低グルコースの溶液を入れて、実験的虚血を作り出しました。実際にこの実験を行ってみると、神経細胞より、グリア細胞の一種であるアストロサイトの方が遙かに大量の興奮性アミノ酸を放出することがわかりました。この実験結果は以下の3つの論文に発表しています。
1)Release of excitatory amino acids from cultured hippocampal astrocytes induced by a hypoxic-hypoglycemic stimulation.
Ogata T., Nakamura Y., Shibata T. and Kataoka K.
Journal of Neurochemistry
1992, vol. 58, No. 5, pp. 1957-1959
2)A possible mechanism for the hypoxia-hypoglycemia-induced release of excitatory amino acids from cultured hippocampal astrocytes.
Ogata T., Nakamura Y., Tsuji K., Shibata T. and Kataoka K.
Neurochemical Research
1995, vol. 20, No.6, pp. 737-743
3)Role of aspartate in ischemic spinal cord damage
Ogata T., Nakamura Y., Tsuji K., Okumura H., Kataoka K. and Shibata T.
Journal of Orthopaedic Research
1996, vol. 14, No. 3, pp. 504-510
一つ目の論文は、初めてグリア細胞からの興奮性アミノ酸の放出を報告したものであり、二つ目の論文は、そのメカニズムについて考察したものです。3つ目の論文は脊髄障害における興奮性アミノ酸の役割を示したものです。全部を要約すると、虚血に置いてグリア細胞からも興奮性アミノ酸が放出され、それは神経障害を引き起こす原因の一つになっているだろうということです。
 
6−1−2)脊髄神経細胞と脳の神経細胞の興奮性アミノ酸に対する感受性の差異について
ドクササコというキノコを食べると、手足に強い痛みが生じることがあります。このキノコから抽出された興奮性アミノ酸はアクロメリン酸(Acromelic acid)と名付けられました。東京都臨床医学総合研究所の篠崎温彦先生(現在は退官されていますが)のグループは、この物質をラットに全身投与すると、腰仙髄の神経細胞が傷害されることを発見しました。脊髄損傷の研究をしている我々には、当然「全身投与なのに、なぜ脊髄のみが障害されるのか」という疑問が湧いてきました。当時我々は脊髄と、脳の海馬という部分の神経細胞を単離培養し、脳と脊髄の神経細胞の違いを調べていたところで、篠崎先生にお願いして共同研究をさせて頂きました。論文1)は細胞内のカルシウムの変化を調べたもので、論文2)は細胞死を観察したものです。
1)A marked increase in intracellular Ca2+ concentration induced by acromelic acid in cultured rat spinal neurons.
Ogata T., Nakamura Y., Tsuji K., Shibata T., Kataoka K., Ishida M. and Shinozaki H.
Neuropharmacology
1994, vol. 33, No. 9, pp. 1079-1085
2)Neurotoxicity of acromelic acid in cultured neurins from rat spinal cord.
Tsuji K., Nakamura Y., Ogata T., Shibata T., Kataoka K, Ishida M. and Shinozaki H.
Neuroscience
1995, vol. 68, No. 2, pp. 585-591
もしかしたらと考えてはいたのですが、アクロメリン酸に対する反応は脳の細胞より脊髄の細胞において、遙かに強力であることがわかりました。おそらく興奮性アミノ酸のレセプターに違いがあるものと考えられました。脊髄の障害を考えるに際して、脳で研究されていることが必ずしも通用しないという明確な証拠でした。残念ながら、脊髄の組織を用いた研究は、神経研究の中にあっては少数派といわざるを得ません。我々脊椎外科医が細胞や分子レベルまでの研究を行わなくてはならないんだろうなと考えています。