6−7)p-38 MAP キナーゼインヒビター
細胞障害のメカニズムにおいてはアポトーシスという現象が重要であることがわかってきています。このアポトーシスは以前には「プログラムされた細胞死」とも呼ばれていました。何らかのシグナルが細胞に加えられると細胞の中にあらかじめ仕掛けられている自殺機構のスイッチが入り、まずDNAが壊れてから、続いて細胞そのものが崩壊するというものです。傷害された細胞を顕微鏡で観察すると典型的な核の変性が起こるので、簡単に捉えることができます。最近の研究により、脊髄損傷の際に神経障害が広がっていく機構に、このアポトーシスが関与していることがわかってきました。p-38 MAP キナーゼはこのアポトーシス機構を仲介する酵素の一つです。SB203580という薬品はこのp-38 MAP キナーゼの抑制剤です。つまり、この薬品を投与しておけば、アポトーシスの内、p-38 MAP キナーゼにより仲介される細胞死を抑制することができます。
我々は実験的に脊髄損傷を起こさせたラットにこの薬品(SB203580)を、投与してみました。すると、脊髄損傷ラットの下肢運動機能が劇的に改善しました。この研究ではラットの下肢の機能を1時間あたりの立ち上がり行動回数で評価したのですが、正常なラットに比べ、脊髄損傷を起こしたラットは約半分ぐらいしか立ち上がり行動は示さなかったのですがSB203580を硬膜内(腰から脳脊髄液中に注射する)に投与されたラットは、正常のラットの約90%の立ち上がり行動を示しました。組織学的にはSB203580投与ラットでは脊髄損傷部に出現するアポトーシスが抑制されていました。TUNEL染色という方法でアポトーシスに陥った細胞を染め、その数を数えてみたところ、非投与群に比べ約20%までアポトーシス細胞が減少していました。胸髄レベルでの傷害で下肢に機能障害が出現するのは神経細胞の集中している灰白質と呼ばれる部分ではなく、その外側の白質という部分が重要です。我々の作成した脊髄損傷ラットではこの白質部分の、特に側索と後索と呼ばれる部分に変性が起こります(脱髄性の変化)。しかしSB203580を投与されたラットではこの部分の構造(ミエリン)がほぼ正常に保たれていました。つまりSB203580を硬膜内に注射すると、白質伝導路のアポトーシスを抑制することにより、神経機能が保護されると考えられました。
 
今回の研究で用いたSB203580量は持続ポンプを一日あたり1マイクログラムの量で7日間持続投与しました。60 kg の人間に換算すると 240 mg/day、7日間では約1.7 mgとなりますが、十分投与可能な量だと思います。
また、今回は脊髄損傷作成直後に投与開始しましたが、実際の臨床応用を考えると、脊髄損傷の8−12時間後に投与開始しても十分効果があるかどうかを検討しなければなりませんし、これは現在実験中です。
 
この結果はNeuroscience Research という雑誌に掲載されています。
Continuous intrathecal infusion of SB203580, a selective inhibitor of p38 mitogen-activated protein kinase, reduces the damage of hind-limb function after thoracic spinal cord injury in rat.
Horiuchi, H., Ogata, T., Morino, T., Chuai, M., Yamamoto, H.
Neuroscience Research, 2003, vol. 47, pp. 209-217

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    http://authors.elsevier.com/sd/article/S0168010203002165