6−2)アデノシン、ATP、プロペントフィリン
 
アデノシン
 
アデノシンという物質は神経系に多く存在する物質でDNAやATPの材料となる重要なプリン体ですが、アデノシンそのものがアデノシンレセプターを介して様々な細胞間の調節に関わっています。神経伝達に対しても様々な作用が知られており、神経伝達物質としての定義には当てはまりませんが、神経修飾物質(neuromodulator)という呼び方で、その作用の研究が進んでいます。神経組織が虚血に陥ると、細胞外液中のアデノシン濃度が上昇することが1987年Hagbergらにより報告されて以来、神経損傷の病態生理に関わるこの物質の役割を解明する研究が行われてきました。我々がアデノシンという物質に取り組んだのは、1992年に、当時私(尾形)がお世話になっていた、第一生理学教室の片岡喜由教授が、ドイツのマックスプランク研究所のPeter Schubert教授と共同研究をしたことがきっかけでした。この研究に参加させて頂いて、神経組織虚血の際に興奮性アミノ酸とともに放出されるアデノシンがどのような作用をするのかをしらべることにしました。培養細胞を用いた研究で、興奮性アミノ酸とアデノシンは細胞内カルシウム上昇作用に相乗作用を示すという結果が得られました。下記の論文がその結果を示したものです。
Adenosine enhances intracellular Ca2+ mobilization in conjunction with metabotropic glutamate receptor activation by t-ACPD in cultured hippocampal satrocytes.
Ogata T., Nakamura Y., Tsuji K., Shibata T., Kataoka K. and Schubert P.
Neuroscience Letters
1994, vol. 170, pp. 5-8
これ以降、しばらくはアデノシンという生体内に多量に存在するのに、その機能がよくわかっていない物質に興味を引かれ、この研究に没頭していました。Peter Schubert教授は「たくさんの医学研究者は、ある物質を指して、病態に対して善であるか悪であるかを突き止めようとするが、生体内の様々な物質の作用は、相互作用と量的なバランスにより、多彩な機能を示すものであり、それを調節することが治療法となりうる」と、常々言われていました。例えばアデノシンは低濃度(100 nM レベル)ではサイクリックAMPの産生を抑制するA1 receptorの作用がdominantで、高濃度(1-10 moicroM レベル)ではサイクリックAMPの産生を増大するA2 receptorの作用がdominantになります。つまり濃度によって反対の作用を示す機能を持つ物質なのです。Schubert教授はアデノシンの量的な変化は、神経組織の病態の予後を決定づけるだろうと考えておられたようです。
アデノシンと興奮性アミノ酸の作用をさらに詳細に知るために、細胞内カルシウムとサイクリックAMPの変化を調べたのが次の論文です。
Potentiated cAMP rise in metabotropically stimulated rat cultured astrocytes by a Ca2+-related A1/A2 adenosine receptor cooperation.
Ogata T., Nakamura Y. and Schubert P.
European Journal of Neuroscience
1996, vol. 8, pp. 1124-1131
細胞内サイクリックAMPの上昇は、神経栄養因子の増加をもたらしたり、興奮性アミノ酸の際取り込みを促進するなどの神経保護的な機能が報告されています。神経障害時に出てくるアデノシンは、傷害を受けようとする神経を保護する神経組織の自己防御機構なのかもしれません。
さらに、アデノシンは神経障害時に出現し、細胞障害を増悪させる可能性のある細胞であるマイクログリアに作用させるとマイクログリアのアポトーシスを誘導することがわかりました。
Programmed cell death in rat microglia is controlled by extracellular adenosine.
Ogata T. and Schubert P.
Neuroscience Letters
1996, vol. 218, pp. 91-94
これらの研究を通して、細胞外のアデノシンの作用を増強することが神経障害の軽減につながるに違いないと私は考えています.
アデノシンそのものは普通の内因性物質なので、それ自体を投与してもあっという間に分解されてしまうでしょう。だから、アデノシンの機能を高めるためには
1)            分解されにくい合成されたアデノシンレセプターのアゴニストを投与する。
2)            アデノシンの分解を抑制する方法(アデノシンキナーゼやアデノシンデアミナーゼの抑制剤)
3)            アデノシンの再取り込みを抑制して細胞外アデノシン濃度を増やす。
4)            アデノシンの下流にある産物(cAMPなど)の分解抑制
などの方法が考えられます。
後で紹介するプロペントフィリンという物質は3)4)の作用を併せ持つ物質です。
 
アデノシンを用いた研究ではSchubert教授とたくさんの共同研究をしました。以下の論文はその報告です。
 
Protective mechanisms of adenosine in neurons and glial cells.
Schubert P., Ogata T., Marchini C., Ferroni S. and Rudolphi K.
In: "Neuroprotective Agents" (W. Slikker and B. Trembly, Eds.) Ann. N.Y.Acad.Sci.
1997, vol. 825,  pp. 1-10
 
Inhibitory effect of adenosine agonists and propentofylline on the proliferation and transformation of cultured microglia.
Nakamura Y., Si Q.S., Kataoka K., Ogata T. and Schubert P.
In: "The Role of Adenosine in the Nervous System" (Y. Okada, Ed.), pp.97-102, Elsevier, Amsterdam, New York, Tokyo 1997.
 
Homeostatic effects of adenosine on potentially neurotoxic glial cell activation.
Schubert P., Ogata T., Marchini C. and Kataoka K.
In "Neurochemistry" (Teelken and Korf, Ed.), pp.83-90, Plenum Press, New York, 1997.
 
Cascading glia reactions: a common pathomechanism and its differentiatedcontrol by cyclic nucleotide signaling.
Schubert P., Morino T., Miyazaki H., Ogata T., Nakamura Y., Marchini C. and Ferroni S.
Ann. N.Y.Acad.Sci.
2000, vol. 903, pp. 24-34
 
Recovery of deficient cholinergic calcium signaling by adenosine in cultured rat cortical astrocytes.
Ferroni S., Marchini C., Ogata T. and Schubert P.
J. Neurosci. Res.
2002, vol. 68, pp 615-621
 
ATP (adenosine triphosphate)
 
アデノシンと同様にATPも生理活性を持っています。我々は神経障害時の増悪因子としてマイクログリアという細胞を想定しています。
マイクログリアは中枢神経系における免疫システムを担う細胞ですが、中枢神経が虚血状態や物理的組織障害を受けると増殖し、O2- や NOなどの free radical や 、あるいは細胞傷害性の強いサイトカインである TNF-a などを放出し、神経細胞傷害を増悪すると考えられています。近年の研究によりマイクログリアは神経を保護する物質を放出する可能性が示され、その増殖、活性化は必ずしも神経障害進行を増悪させているのみではないということがわかってきたが、free radical やTNF-aはやはりtoxicな面が強い物質であり、活性化されたマイクログリアから放出されるこれらの物質の量を抑制することにより、神経細胞傷害を軽減できるのではないかと考えています。
このマイクログリアをLPSで刺激するとfree radicalやサイトカインが多量に放出されますので、神経障害のin vitroでのモデルとして使われることがあります。この実験系にATPを加えるとfree radicalの放出には変化ありませんでしたが、サイトカインの放出は著明に抑制しました。ATPもアデノシンと同様に神経障害を抑制する自己防御機構なのかもしれません。この結果は以下の論文に掲載されています。
 
Adenosine triphosphate inhibits cytokine release from lipopolysaccharide-activated microglia via P2y receptors
Ogata, T., Chuai, M., Morino, T., Yamamoto, H., Nakamura Y., Schubert, P.
Brain Research
2003, vol. 981, pp 174-183
下をクリックすると直接ElsevierScienceDirectにつながり、論文が読めます。リプリントの請求はogata@m.ehime-u.ac.jpまで
http://dx.doi.org/10.1016/S0006-8993(03)03028-2
 
プロペントフィリン
 
プロペントフィリンという薬剤はアデノシンの再取り込みの阻害剤、すなわち、細胞外のアデノシン濃度を上昇させる作用とサイクリックAMPを分解するフォスフォジエステラーゼの抑制剤という2つの機能を持っています。即ち、アデノシンの効果を2重の意味で増強する薬剤です。この薬剤は、脳循環代謝改善剤として日本で使用されていました。しかし、追加の検査で有効性が否定され、販売中止になってしまいました。私は以上の理由から脊髄損傷を含むあらゆる神経障害に有効だと思うのですが、臨床試験で効果がなぜ否定されたのでしょうか?
理由は薬剤の投与方法が間違っていたからです。そもそも、研究のデータに裏付けられた投与量より少ない量が設定されていた上に、この薬を経口投与するには空腹時でないと吸収率が低い薬剤なのですが、食後に服用という投与方法をとっていたようなのです。適正な条件で臨床試験が行われたならば、いくつかの神経疾患で有効性が確認できると思っています。しかし、一度無効と烙印を押された薬剤を復活させるのは日本では残念ながら不可能に近いと思っています。しかし、私を含む幾人かの研究者は、未だにこの薬剤が神経保護剤として日の目を見る可能性があると考えて研究を続けています。以下に、Schubert教授と共同研究で行ったプロペントフィリンを用いた実験結果の論文を示します。
 
Modulation of glial cell signalling by adenosine and pharmacological reinforcement: a neuroprotective strategy?
Schubert P., Ogata T., Ferroni S., McRae A., Nakamura Y.and Rudolphi K.
Molecular and Chemical Neuropharmacology
1996, vol. 28, pp. 185-190
 
Postischemic glial responces and amyloid accumulation are modified by propentofylline: a neuroprotective pharmacon for Alzheimer's disease?
McRae A., Schubert P., Ogata T., Nakamura Y., Ling E.A., Kaur C. and Rudolphi K.
In: "Biology, Diagnosis and Therapeutics" (K. Iqbal, B. Winblad, T. Nishimura, M. Takeda and H.M. Wisniewski, Eds.) John Wiley and Sons Ltd. New Jersey
1997, pp. 759-767
 
Support of homeostatic glial cell signaling: a novel therapeutic approach by propentofylline.
Schubert P., Ogata T., Rudolphi K., Marchini C., McRae A. and Ferroni S.
In: "Cerebrovascular Pathology in Alzheimer's disease" (J.C.de la Torre and V. Hachinski, Eds.) Ann. N.Y. Acad.Sci.
1997, vol. 826,  pp. 337-347
 
Pathological immuno-reactions of glial cells in Alzheimer's disease and possible sites of interference.
Schubert P., Ogata T., Miyazaki H., Marchini C., Ferroni S. and Rudolphi K.
Journal of Neurotransmission
1998, vol.54, pp.167-174
 
Differential regulation of microglial activation by propentofylline via cAMP signaling.
Si Q., Nakamura Y.,  Ogata T., Kataoka K. and Schubert P.
Brain Research
1998, vol. 812, pp. 97-104
 
Glia-related pathomechanisms in Alzheimer's disease: a therapeutic target?
Schubert P., Ogata T., Marchini C. and Ferroni S.
Mechanisms of Ageing and Development
2001, vol. 123, pp. 47?57