)脊髄損傷モデル
脊髄損傷のメカニズムを解明し、治療法の開発に結びつけるためには適切な動物モデルが不可欠です。しかし、一言に脊髄損傷といっても、その程度やレベルはまちまちです。
現在最も一般的に用いられている脊髄損傷モデルは、露出した脊髄に重りをある程度の高さから落下させて傷害を発生させるというものです。このモデルは人間の脊髄損傷によく似た傷害を作成することができると言われています。実際に我々もこのモデルを作成してみたのですが、このような傷害を与えると、両下肢は完全に麻痺になり、組織学的にも広範な壊死層が脊髄中央部に発生し、ほとんど空洞状態になります。
これはこれで使いではあるモデルなのですが、傷害が強すぎて、ある薬物を投与したとして、それがどの程度効いているのかを評価することは困難でした。脊髄損傷は直接の外力によりもたらされる組織の挫滅、出血、軸索の断裂などの一次的障害と、その後起こってくる虚血や炎症を中心とした二次的障害に分けられます。この二次的な障害は受傷後から、数日間にかけてゆっくりと進行してくるものであり、脊髄損傷の非手術的治療(薬物療法など)とは、この二次的障害を抑制することが目標です。
そこで我々は、まず、組織虚血と炎症のみを起こさせるような軽度の脊髄損傷モデルの作成を試みました。
 
実際のモデル作成
ハロセン麻酔下に250 gのWistar系ラットを胸椎レベルで椎弓を切除し、脊髄硬膜を露出させた後、硬膜の上から20 gの重錘で20分間圧迫を行います。このモデルで工夫したのは、硬膜に接触する部分を柔らかく、容易に変形するシリコンで作成し、そのDeviceを硬膜上にゆっくりと置くことにより、脊髄内に挫滅や出血を起こさないよう軽度の損傷を起こさせるという点です。シリコンはToshiba Silicone Co (TSE382-W, GE)というのを使用しました。これはチューブの中ではボンドのような柔らかい液体で、空気に触れると固まり、だいたい耳たぶのような固さになります。形状は円錐台形で、接触させる部分の直径は3 mm です。このモデルでは圧迫時間を変えることにより、非常に軽い障害からかなり重い障害まで、かなり正確な再現性で作り出すことができます。我々は脊髄損傷後に起こる運動障害と感覚障害を評価していますが、下肢に知覚過敏を起こすモデルを作成するときには20分の圧迫で、下肢の運動障害を起こすモデルを作成するときには10−40分の圧迫を行っています。
 
詳しくは以下の論文に図入りで掲載されていますので見てください。
Delayed neuronal damage related to microglia proliferation after mild spinal cord compression injury
Morino, T., Ogata, T. Horiuchi, H. Takeba, J., Okumura, H., Miyazaki, T. and Yamamoto, H.
Neuroscience Research, 2003, vol. 46, pp 309-318
この論文が手に入りにくい人はホームページ管理者(尾形、ogata@m.ehime-u.ac.jp)に連絡頂ければ送らせて頂きます。
 
この論文では圧迫時間を10−20分にして非常に軽い障害による神経麻痺を観察しました。脊髄損傷後の運動機能は障害を受けるラット後肢の機能を反映する立ち上がり(上肢を持ち上げ、下肢のみで体重を支える姿勢)の回数で評価しました。この測定にはMATYS社の動物行動学測定装置Scanet MV-10を用います。組織学的評価としては神経組織の炎症に関与するマイクログリアの動向を中心に観察しました。この脊髄損傷モデルでは、組織学的には従来のモデルのような組織内出血のような強い変化は起こらず、受傷24時間後では椎弓切除を行った後、圧迫を加えなかったSham animalの組織とほとんど変わりが無ありませんでした。また、行動学的にも受傷後24時間の脊損ラットの立ち上がり回数はSham animalのそれと、有意な差は見られませんでした。しかし48時間後の評価では、脊髄組織内に灰白質を中心にマイクログリアの増殖が観察され、立ち上がり回数もsham animalに比べて有意に減少していました。この変化は72時間後をピークとして、受傷後1週間たつと、マイクログリアも消失し、立ち上がり回数も正常化していました。我々の解釈ではこの動物モデルでは、脊髄圧迫により組織に一過性の虚血が起こった結果、2次的な反応として組織内にマイクログリア増殖を中心とする炎症反応が起こり、神経伝達を傷害したのですが、炎症の鎮静とともに1週間後には神経伝達が回復したと考えています。即ち、脊髄損傷後の2次的障害過程を抑制する方法を開発するに当たって、格好の動物モデルができたと考えています。
この後、p-38 MAP キナーゼインヒビターという薬を用いて脊髄障害の軽減が得られたという論文を発表したのですが、このときは脊髄損傷後少なくとも2−3週間以上続く障害に対しての効果を観る実験でしたので圧迫時間も40分と、比較的高度な障害を作成しました。この様に我々の作成したモデルでは、圧迫時間の変化により様々な程度の障害を作成できます。ちなみに1時間以上圧迫すると脊髄内に出血が発生します。