緒言:脊髄損傷に対して外科医としての立場から
 
脊髄損傷という病態は我々整形外科医にとって、最もその治療に難渋する病態です。運び込まれてきた患者さんに対し、まずできるだけ早急に、全身状態と麻痺の程度、脊椎破壊や脱臼の有無などを調べます。受傷早期のステロイド大量投与法という治療法がありますが、これは受傷から8時間以内に開始したときに有効であることが報告され、現在、確立した脊髄損傷の治療法としては唯一のものです。運び込まれてくるまでにすでに数時間が経過していることもあり、何とか8時間以内に投与開始できるように準備するのは、特別な救急体勢(ヘリコプター輸送や、常時の救急スタッフの待機など)を持たない我々にとって困難なことがしばしばです。
脊髄損傷患者に対する手術は2つの目的があります。
1)増悪する神経麻痺が存在する場合や、神経回復の妨げの原因と思われる脊髄組織への圧迫が見られる場合。
2)脊椎に不安定性があり(脊椎がぐらぐらになっていること)、患者の離床やリハビリの妨げになると考えられる場合。
1)の場合には、緊急を要します。2)の場合には、装具や牽引などで脊椎の安定性を保ち、十分に全身状態などを検討した上で、待期的な手術(1−2週間をおいても問題ない)にする方が安全です。1)の場合も、どのような症例がこの適応かということは悩むことがあります。早期に手術することによって患者の回復がよくなるのかどうかというのも賛否両論ですが、我々は回復する可能性が残っていて、その妨げになる圧迫が明らかに存在するときには積極的に手術すべきだと考えています。緊急手術の目的は転位した脊椎を整復し脊髄傷害部位での血行の改善を図り、後は自然の回復を期待することです。その後の頼みの綱はステロイド療法のみですが、これは十分な効果のある治療とは言い難いものです。
従って早急に外科的治療以外の治療法を開発する必要があり、この試みは世界中で行われ、様々な薬物や神経幹細胞移植などの技術が動物実験で試みられ、ある程度の成果をあげています。我々の研究室でも「脊髄損傷に対する治療法の開発」をテーマに、外科的治療法以外の方法を模索しています。脊髄損傷においては、直接のダメージによる神経細胞やその軸索の断裂、組織内出血などの瞬時に起こる障害以外に、それらに引き続いて起こる組織浮腫、虚血、興奮性アミノ酸上昇、各種細胞内酵素の病的な活性化などの二次的な神経損傷過程があり、我々はこれらを制御することが脊髄損傷による神経細胞変性を最小限にくい止めるのに有効であるとの考え方に基づいて、これまでに様々な基礎的研究を重ねてきました。
このページでは現在の我々の研究の取り組みと成果をご覧いただきます。