脊椎・脊髄手術の結果と手術における合併症について

手術の結果について

一般に神経障害を伴う病気では手術で神経を圧迫しているものを取り除いても、神経が障害を受ける以前の状態まで戻ることはありません。手術の目的の一番大事なことは、現在、神経に障害を与えているものを取り除き、神経がこれ以上傷害されないように予防することです。圧迫を解除された神経に自己修復する能力が残っていれば、症状は軽減しますが、術後にどのくらい症状が改善するかは予測ができません。傷害された神経が回復できない部分が後遺症として残ります。一般的には術後に痛みは比較的取れやすいのですが、しびれや運動機能低下は治りにくいと言われています。

合併症について

1)神経損傷:脊椎の手術のほとんどは神経組織の周囲の手術です。神経組織、特に脊髄は非常にデリケートな組織で、少しつついただけでも麻痺を起こしかねません。そのような神経組織を取り囲んでいる固い骨組織を切除し、神経組織には絶対に傷害を与えてはいけないというのが“神経外科”の手術です。それ故、ほとんどすべての脊椎手術には常に神経損傷のリスクがあります。これは術者の技術が向上していくと、当然リスクは少なくなります。我々“脊椎外科医”はこの技術向上を目指すために“専門馬鹿”になってしまった輩です。

2)硬膜損傷:神経組織は硬膜という膜の中に入っている脳脊髄液の中に浮いています。手術の時、組織が硬膜に強く癒着していた場合には、それを剥がさなくてはなりません。そのときにこの膜に穴が開いてそこから脳脊髄液が漏れてくることがあります。その場合には細い糸でその穴を修繕します。場合によってはフィブリン糊という生体用の糊を上からぬりつけて修繕することもあります。

3)傷の感染:手術は清潔な部屋で、すべて滅菌した道具を使い、抗生物質(化膿止め)を用いるなどして対応しますが、ある確率で傷口に菌がついて膿むことがあります。場合によってはもう一度傷口を開けて洗う手術や、金属の固定材料を用いた手術では、その金属を抜去しなくてはならないこともあります。特に体の弱っている人、糖尿病のある人、非常に長時間の手術では感染の可能性が高いです。それらの人も含めて術後感染の確率は3%くらいです。その内の2/3は抗生物質の追加投与で直りますが1/3は再手術になります。

4)血腫:術後に創部の出血が止まらずに血腫ができて脊髄や末梢神経が圧迫され、麻痺や強い痛みが術後に起こることがあります(1-2%ぐらい)。その場合には緊急手術が必要です。抗凝固剤(血液がさらさらになる薬と説明されているものがそれです)の投与を受けている人は術前に中止してもリスクは高いです。

5)肝機能・腎機能傷害:麻酔薬や抗生物質、術後の痛み止めなどで肝臓や腎臓に障害がでることがあります。これは、定期的に血液検査をして早期発見することにより対処します。

6)血栓症:血管内に血栓を生じることがあります。血栓が、脳や肺、心臓などに飛んでいくと、その部分での梗塞が起こり、重大な病気を引き起こすことがあります。これを完全に防ぐ手段はありませんが、手術中に血液循環をよくするポンプを用いて足をマッサージします。血栓症に関しては他のページも参考にしてください。

 

頸椎の手術後における稀な合併症

 1)除圧後急性増悪
頚髄の手術がうまくいっても、ごく稀に術後に脊髄が腫れてきて、神経症状がかえって悪化する事があります。これを完全に防ぐ手だてはありません。この原因は明らかではありませんが、除圧された神経に急速に血液が流れ込むことによるという説があります。

2)上肢挙上困難
まれな合併症(3−5%程度)ですが、肩があがりにくくなる事があります。これは除圧された脊髄が、後方に逃げようとして、肩のところにいっている末梢神経を引っ張ることによるといわれています。これが起こると1年ぐらい症状が長引く事があります。


高齢者に起こる合併症

術後せん妄:高齢者の術後では、一過性のせん妄状態が起こることがあります。これは見えないはずのものが見えたり、自宅にいると錯覚したり、急に暴れ出したりする現象です。一度ぐっすり眠れたら、改善します。

いずれの合併症も、(十分な技術と経験のある専門医が担当し、十分な対策がとれていればの話ですが)のそれほど頻度の高いものではありません。しかし、合併症とは、手術をすることによって、患者さんがかえってつらい状態に陥る可能性のあることなのです。

手術は他のあらゆる保存的治療の可能性が否定された後で、最終的に選択する最後の手段です。上記の項目を十分に理解されて、後悔のない選択をしていただけるようお願い申し上げます。


脊椎の疾患ページへ戻る