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ようこそ 村井研究室 Murai Laboratory へ

私たちの研究室では、DNA損傷応答(DNA Damage Response: DDR)、一重鎖DNAギャップ(ssDNA gaps)、および Schlafen(SLFN)ファミリー、とくに SLFN11 の機能解析を通じて、がん化学療法の精密化を目指しています。

そもそも、Schlafen 11 (SLFN11,シュラーフェンイレブン)とい う遺伝子をご存じでしょうか? SLFN11は,がん化学療 法の中心的な薬剤であるDNA障害型抗がん剤(プラチナ 製剤,トポイソメラーゼ阻害剤など)の感受性(効きやす さ)を飛躍的に高めることから,効果予測バイオマーカー として注目されています. 「ふーん, よくある話じゃない?」と思われた方, ちょっと待ってください! 私は15年以上「DNA修復とがん」をテーマに研究して きました.その間,バイオマーカー候補は数多く報告さ れてきましたが,実際に臨床で使えている効果予測バイ オマーカーは一つもない,という現実に大きなジレンマ を抱いてきました.そんな中,2012年に大規模な細胞株 データベースの解析結果から,SLFN11 のmRNA発現量と 薬剤感受性が,どの遺伝子よりもダントツに強く相関する ことが報告されました.これまで知られているDNA修復 因子や感受性因子の中に,SLFN11に似た遺伝子は存在せ ず,最初に知った時は半信半疑でした.しかし,自分で SLFN11ノックアウト細胞を作製し,重要性を実験的に証 明したのが2013年10月で,そこからは,ほぼSLFN11 一 筋で研究してきました.ここ数年のプロモーション活動 中は「SLFN11の一本足打法はやめた方が良いよ」としば しばアドバイスをもらいましたが,それでもSLFN11愛を 貫きました.“Junko married to SLFN11”と留学先の同僚に 言ってもらったのは,とても良い思い出です.SLFN11 は 患者さんの約半数の腫瘍で発現が認められるので,この ON・OFFの比率はバイオマーカーに理想的です.発現の 有無は,組織免疫染色検査でわかるので,安価で市中病院 で検査が可能です.遺伝子変異による失活はまれで,主に エピジェネティックに発現が制御されています.そのた め,効果予測バイオマーカーとしての利用以外にも,発現 を回復させて薬剤耐性のがん細胞を再び感受性にする戦略 が立てられるなど,“druggable”なのです.臨床応用の可能 性が広がります. SLFN11は一重鎖DNAに結合でき,薬剤による複製ス トレスが発生すると一重鎖DNA上で,RNase活性やヘリ カーゼ活性など複数の酵素機能を駆使して,いくつもの経 路から感受性を高めます.まだ研究は黎明期なので,今 後も新しい知見が続々と出てくるでしょう.なぜ2012年 までスルーされていたのか,という質問をしばしば受け ますが,「基礎実験で汎用されるU2OS,HCT116,HeLa, MCF7,RKO,DLD-1などの細胞株がいずれもSLFN11 ネ ガティブだから」というのが私見です.SLFN11陽性細胞 は,外的操作に弱く,なにかと扱いにくいので,研究者 によるselection pressureにより実験材料として敬遠された のでしょう.最近,siRNAやCRISPRスクリーニングに SLFN11陽性細胞が用いられることがあり,思わぬ方向か らSLFN11が重要因子として報告されています.現時点で SLFN11に関する論文は200報ほどですが,10年以内に論 文数が10倍になる!と僭越ながら予言します.機能も制 御機構もまだまだ謎だらけですので,多様な視点からの研 究が必要であり,ぜひ多くの方に関心を持っていただきた いと思っています.「SLFN11 で化学療法にもプレシジョン メディシンを!」をスローガンに基礎,臨床研究に勤しん でおりますので,今後ともどうぞSLFN11をよろしくお願いします.(雑誌 生化学 第97 巻第5 号 2025への寄稿文より)

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