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研究室案内

メンバー

教授 増本純也    
准教授 宮崎龍彦    
助教(特任講師) 倉田美恵    
客員教授 能勢眞人    
客員研究員 鎌尾知行    
技術職員 有田典正 高平尚子 寺田美穂
事務職員 川口綾子    
2011年8月20日現在

ごあいさつ


神々の御座(その1) ようやく涼しくなった今日この頃(2002.9.3)


 ようこそ、我々の教室にご来訪いただきました。当教室は見ての通り、病理学に興味をもつ人達の有機的組織体とでもいいましょうか。先客万来、特に自己免疫病の病理に情熱を持った人達からなる梁山泊とでもいいましょうか。「老成の跋扈より少壮の敢為」、「随所に主となれば、立処皆真なり」をモットーに、研究成果も神出鬼没、とんでもないアイデアも歓迎、独創的な知の創造を目指しています。

 今回のタイトルは、神々の御座(その1)。何故神々の御座、ですって?それは以下のエッセイを読んでいただいてから後日追々ご説明しましょう。

   カイラス(カン・リンポチェ)(6,638m) 北壁。カイラス巡礼路より。 岩崎 洋 氏撮影


日本免疫学会会報 JSI Newsletter 10, 7, 2002 特集:自己免疫病への絶え間なき挑戦 -大きなうねりの到来- より


「個別性の中の普遍性:自己免疫病のゲノム起源」
  能勢眞人(愛媛大学医学部病理学第二講座)

 マッケイとバーネットが、かの名著、Autoimmune Diseases を出版したのは1963年である。偶然、私がこの訳本「自己免疫病」(大谷杉士訳、岩波書店)を開いたのは、病理学学士試験を数日後にひかえた4年生の1968年頃のことであった。バーネットらは、その緒言の一節にこう述べている。「・・・多くの臨床医学者は自己免疫過程の存在について懐疑的で、これまでに得られた血清学的な検査所見を説明するために、自己免疫という考え方をするよりも外的環境から入り込んできた抗原性物質を探すほうを選ぶ。その人たちはややもすると、自己免疫病なる流行語は、まだ病因の明らかにされていない幾つかの病気に、とりあえず呼び名をつけて於くための符牒にすぎないと見なす。著者達は、かかる見解には断じて賛同しかねる。・・・」。ここに彼らの、個々の臨床症例に基づいた自己免疫病の論理の展開への”絶え間なき挑戦”を感じ非常に感激したのを覚えている。

 我々は分子論への到達に自己免疫病の制御を夢見ている。自己免疫病の成因をより小さな単位に求めるアトミズムの立場に立ち、技術革新に伴って、個体、組織から、細胞、分子への流れに沿って、ひたすらその現象の還元的解析を押し進めてきた。一方で、個体の一部を切り取ったとたん、それは客観的に観察出来はするが、もはや全体から連絡が絶たれたものとなり、ライプニッツの「窓のないモナド」に帰結するのではないか、といった戸惑いがある。しかも、疾病というものが個体を単位とした形質である限り、自己免疫病の成因の探求はいずれ個体に立ち戻る必要がある。

 では、個体に立ち戻れるのだろうか。還元論がたどり着いた結果でもって自己免疫病を演繹的に説明しようとしたとき、自己免疫病の形質があまりにも多様で複雑であることに気づかされたのではないだろうか。トータルゲノムの側面から自己免疫病を捉えてみると、自己免疫病は個別性の中にその本質があると思えてならない。

 1978年、ジャクソン研究所のマーフィー博士らによりMRL近交系マウスからリンパ節腫脹を発症する突然変異マウスとして樹立されたMRL/MpJ-lpr/lpr (MRL/lpr) マウスは、血管炎、糸球体腎炎、関節炎、唾液腺炎、間質性肺炎などを同一個体に自然発症する。同時に、種々の自己免疫現象が発現することから、従来、それぞれヒトのループス腎炎、結節性多発動脈炎、慢性関節リウマチ、シェーグレン症候群などの全身性自己免疫病モデルとして巾広く研究されてきた。私はこのマウスの魅力に取り付かれてかれこれ20年にもなってしまった。この マウスが樹立された当時は、これら一連の病態、病変は lpr 遺伝子を原因遺伝子とする単一遺伝子疾患と考えられた。このlpr 遺伝子がアポトーシスを誘導するFas の欠損変異であることが長田博士らのグループにより明らかにされたのは1992年のことである。しかしlpr 遺伝子を他の系統マウスに導入した、少なくともC3H/lpr やB6/lpr マウスでは、程度の差はあれ、種々の自己免疫現象を発現するものの、いずれの病変もほとんど発症しない。しかも、C3H/lpr マウスとの戻し交配、あるいは兄妹交配マウス群には、実に多様な病変の組み合わせを有する個体を観ることができる。即ち、糸球体腎炎、血管炎、関節炎、唾液腺炎をそれぞれ単独に発症する個体や、これらを種々の組み合わせで重複して発症する個体が出現するのである。これらの個々の病変の感受性遺伝子座をマッピングすると、個々の病変は複数の遺伝子座によって支配されており、これらの遺伝子座間には相加性や階層性が存在する。もともとMRL系マウスは、LG/J、AKR/J、C3H/Di、C57BL/6Jの4種類の近交系マウス間の交配と戻し交配を通じて樹立されたマウスであるが、個々の病変の感受性遺伝子座は、なんといずれも、この4系統のマウスのうち、少なくとも2系統のマウスゲノムに由来していたのである。

 自己免疫病の起源に普遍性を求めるとすれば、その普遍性は、ゲノム起源を異にする複数の多型遺伝子の偶然の組み合わせからなる個別性そのものにあるだろう。こういった個別性が、一方で、種々の環境下における種の生存を可能にしてきたとすれば、自己免疫病とは種の生存の必然的結果と言えるのではなかろうか。

(能勢眞人)

愛媛大学 大学院医学系研究科
ゲノム病理学分野

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