愛媛大学医学部附属病院 人工関節センター

部門紹介

研究開発部門

人工膝関節置換術の研究と開発

はじめに

これまでの人工膝関節置換術(以下TKA)は除痛や歩行能力など基本的機能の改善がその大きな目的でしたが、現在では深屈曲やスポーツ活動などより高次元の機能への要求度が高まっています。医工連携、産学連携を通じ、次世代TKAであるMera Quest Knee System(以下 Quest Knee)の研究開発を進めてきました。その基本コンセプトは日本人の膝関節の解剖学的形状に適合するとともに、深屈曲に対応し、かつ低摩耗による長期耐用性を有するところにあります。
Quest Kneeの開発において用いてきた支援技術の紹介し、Quest Kneeのデザイン特性について概説します。

I.人工膝関節開発支援技術

1.イメージマッチング法による生体内動態解析法
2.完全6自由度関節シミュレータ
3.コンピュータシミュレーションによる摩耗予測技術

Ⅰ-1-1 イメージマッチング法による生体内人工関節動態解析

人工膝関節の複雑な動態を生体内で解析する手法の1つです。解析対象物の一方向の透視像と、解析対象物の位置や方向の異なる投影像とを照合し、もっとも一致するパターンから、解析対象物の3次元的位置を同定する方法です(図)。我々は、独自に開発したキャリブレーションフレームと高精細フラットパネルディテクター(以下 FPD)搭載のX線透視装置の使用により、解析精度が格段に向上しています。


Ⅰ-1-2 イメージマッチング法による生体関節動態解析


生体膝に対してもイメージマッチングを試みています。CT画像から3次元仮想骨モデルの再構築を行い、この仮想骨モデルから6自由度に変化できる投影シミュレーション像を作成します。この投影シミュレーション像とFPD撮影より得られた動画像を画像相関を用いたイメージマッチングを行なう事により生体関節の動態解析を行うことを可能です(図)。
現在では世界最高レベルである0.2mm、0.2度の誤差範囲内での空間認識を可能としました。この方法を用いて生体膝のみならずTKA術前後の膝蓋骨の動作についても解析をすすめています。


Ⅰ-2 完全6自由度関節シミュレータ

生体関節の複雑な6自由度運動を再現するために開発されたもので、6つの油圧アクチュエータにより制御された下部モーションベースと2軸の空圧シリンダーによりなる上部装置にて構成されます(図)。この構造によって荷重周期を10Hz程度まで引き上げることが可能で、生体運動の完全な6自由度運動をシミュレートすることが可能です。


Ⅰ-3 コンピュータシミュレーションによる摩耗予測技術

ポリエチレン摩耗は多くの因子に影響を受けます。摩耗予測パラメーターの1つとして我々が考案したwear indexは変形量とすべり速度の積と定義され、固有の人工膝関節形状と歩行パターンから導出する事が可能です。異なる人工膝関節についてwear indexを計算で求め、ポリエチレンインサート上にマッピングし、摩耗試験後の所見を比較するとwear indexの分布と極めて近似していました(図)。このように、wear indexにより従来の有限要素法などによる接触面圧のみの解析と比較し、人工膝関節におけるポリエチレン摩耗をより正確に予測することが可能となりました。

Ⅱ.新しい人工膝関節のデザインと特徴

1. はじめに
2. CR type
3. PS type

Ⅱ-1 はじめに

本邦におけるTKAの使用機種に関するデータによると後十字靱帯温存型(以下 CR) 約25%、後十字靭帯置換型(以下 PS)約64%、その他 11%と圧倒的にPSが選択され、欧米の状況とは異なります。これは、PSのほうが術野の展開、靭帯バランスの調整が比較的容易である点、CRとの可動域の比較や残存PCL機能に関して否定的なデータが報告されていることから、PSのほうがより再現性のある術後キネマティクスが獲得できると信じられている点によるものと思われます。しかしながら、現在までの長期成績の明確な差は報告されていないのも現実です。PCLは膝関節において前後方向、上下方向のfirst stabilizerとして機能し、内外反方向においてもsecond stabilizerとして安定性に寄与していると考えられています。Condittらはturning、dancing、gardeningなどの日常動作は、PSにくらべCRで有意に動作が容易であると報告しています。
この効果はPCL温存がもたらす安定性によると考えられます。近年我々は、ナビゲーションシステムを用い、術後内外反動揺性を全可動域について測定し、CRとPSで比較検討したところ、中間屈曲可動域においてPSはCRにくらべ内外反動揺性が大きいことを明らかにしました(図)。 両機種には一長一短があり、一概にどちらが優れているという結論を出すことは困難ですが、我々のTKAにおける基本スタンスは、生体組織で温存可能なものは極力温存し、機能分担をはかるというものです。したがって、症例によりCRとPSを使い分けるという方針で臨んでいます。

Ⅱ-2 CRタイプ

Quest knee CR typeの基本的なデザインとして、日本人の生活習慣の特徴である正座、横座りなどの深屈曲や跪きなどの特殊な接触、および荷重条件を考慮した。正常膝がどのように深屈曲を実現しているのかをMRIを用いて解析した報告によると、深屈曲時において膝蓋骨が接触する顆間窩形状は外側顆が急峻にカーブし、膝蓋骨は顆間窩に深く沈み込むことが明らかとなりました。
Quest Kneeでは生体膝におけるこの関節形状を取り入れて外側顆を深く彫り込み、深屈曲でのPF関節の圧力を減じ、よりよい可動域の獲得を目指しています(図)。6自由度シミュレータによる解析においてQuest Kneeでは現行のTKAに比較し、低い接触圧を維持していました。

膝関節の深屈曲位において大腿骨コンポーネント後顆のエッジとインサートの接触によるポリエチレンインサートの損傷が危惧されますが、Quest Kneeでは大腿骨コンポーネント後方フランジの厚みを増し、曲率を連続的に変化させることによって、最大で155度の屈曲を許容すると同時に屈曲位での人工膝関節の安定性獲得を目指しています(図)。

Ⅱ-3 PSタイプ

Ⅱ-3 PSタイプ

 

PS型TKAの利点の1つは、ポスト・カム機構の存在によってposterior rollbackを再現性良く誘導できることですが、反面、ポスト前後の摩耗やポスト自体の破損についての報告が散見されます。ポスト・カムの接触応力解析において、ポリエチレンの降伏応力を超える高い接触圧が生じていることが明らかとなりました。コンポーネント回旋設置位置が不良な場合はさらに接触圧が上昇すると予想されます。ポストの問題は後方での接触のみでなく、ポスト前方での接触による危険性も指摘されています。イメージマッチング法による歩行動作解析においても立脚期の際にポスト前方にインピンジメントが頻回に生じており、この現象は必ずしも過伸展のみで生じるのではなく、軽度屈曲位でも認められています(図)。
これらの研究により長期的に前方インピンジメントが繰り返されるとポストに摩耗や破損を生じるリスクがあり、より広い接触面積が安定的に得られるような形状が求められています。 以上のような解析結果に基づき、Quest KneeのPSタイプでは、基本的にはCRのデザインコンセプトを踏襲しながら、ポスト・カム(図)およびポストと前方部分(図)の形状変更を行い、横断面および矢状面において接触面積の増加を図っています。

おわりに

産学連携、医工連携を通じたバイオメカニクス研究の成果をベースにして、次世代人工膝関節の開発および臨床応用を行っています。今後もより良い機能と長期耐用性を有したTKAの実現を究極の目標として、常に生体内に挿入されたインプラントの動態やアウトカムを評価し、将来の人工関節の設計、手術方法の改良にフィードバックしていくことが重要と考えます。

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