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History

教室のあゆみ

イメージ:教室のあゆみ

初代 濱本研教授(1975年4月1日〜1995年10月31日)

画像:初代 濱本研教授
愛媛大学医学部放射線医学教室は、1975年4月に開講され、放射線部は翌1976年に開設された。新設医学部の教室開設にあたり、「放射線診療は放射線科医と診療放射線技師の手で」を理念として、川上壽昭技師長とともに、一から当教室を作り上げた。1979年に待望の愛媛大学第一期卒業生が入局し、さらに熱心な学生の教育と勧誘により、教室員は順調に増加し、当病院の放射線医療体制を確立していった。 核医学が専門であった濱本教授は専門分野の研究を通して多くの放射線科医を育成。地域医療への貢献にも積極的に取り組み、現在まで続く愛媛の画像診断・放射線治療の礎を築いた。
1983年放射線科教室

1983年放射線科教室

1986年ソフトボール大会

1986年 ソフトボール大会

第2代 池添潤平教授(1996年11月16日〜2003年1月31日)

画像:第2代 池添潤平教授
濱本教授の退官に伴い、1996年11月に大阪大学助教授池添潤平が教授に就任した。豪放磊落な人柄と包容力、そして卓越した指導力をもって教室をまとめあげ、ゆるぎない当教室の基盤を作り上げた。 池添教授は胸部/呼吸器画像診断を専門とし、胸部検診へのCTの導入などをはじめ胸部領域の画像診断・研究の充実に取り組むだけでなく、放射線医学領域全般にわたる深い造詣を持ち強いリーダーシップを発揮した。 「研究成果を世界に発信すること」を大きな目標として掲げ、教室員は多数の国際学会と海外留学を経験し、広い視野をもった研究と人材育成を行った。また「県民医療への貢献を果たすこと」を信念として、関連病院を広げ、県下の放射線科医療の質の向上を実現した。
1998年医局旅行(湯布院)

1998年医局旅行(湯布院)

2000年 医局旅行(姫路城)

2000年 医局旅行(姫路城)

第3代 望月輝一教授(2004年1月1日〜2020年3月31日)

画像:第3代 望月輝一教授
池添教授の退官に伴い、2004年1月に望月輝一助教授が教授に昇任した。 望月教授は循環器画像診断の世界的なパイオニアの一人として先進的な撮像技術、研究に携わっており、多くの学会や研究会を主催した。2014年に第24回 日本心臓核医学会総会・学術大会、2017年に第53回日本医学放射線学会秋季臨床大会、2019年には第59回日本核医学会学術総会を開催した。 在職17年間で59名もの入局者を迎え、日本有数の放射線科教室として大きく躍進した。また若手医師の育成、指導も熱心に取り組み、毎年国内外の主要な学会で多くの大学院生や若手医師が研究発表を行い、輝かしい成果を上げた。
2016年最新のCT導入とともに

2016年 最新のCT導入とともに

2017年秋季臨床大会

2017年 秋季臨床大会

第4代 城戸輝仁教授(2020年4月1日〜)

画像:第4代 城戸輝仁教授
望月教授の退任に伴い、2020年4月1日城戸輝仁准教授が教授に昇任した。