研究紹介

 当講座では、遺伝性疾患や糖鎖異常症の分子病態を生化学・分子遺伝学・細胞生物学などの手法をベースに最先端技術を取り入れつつ解明し、その病態機序にもとづく分子標的治療法や遺伝子治療法の開発を行っています。特に筋ジストロフィー、滑脳症、心不全、認知症などに着目しています。また、レニン・アンジオテンシン系による組織障害の分子・生理基盤を解明し、生活習慣病や認知機能への影響を明らかにすることも目指しています。基礎医学生物学の側面では、翻訳後修飾や細胞内輸送の分子メカニズムの解明を目指すオルガネラ生物学や、細胞が機械刺激を感知する仕組みを解明しサルコペニアなどの創薬応用を目指す機械生物学の研究も行っています。

1.筋ジストロフィー・滑脳症・心筋症の病態メカニズムと治療法の開発
 福山型筋ジストロフィーを代表とする糖鎖異常型筋ジストロフィーは2000年代前半に確立された疾患群で、細胞外マトリクス受容体のジストログリカンという分子の糖鎖異常を発症要因とします。私たちは、この疾患概念の確立に携わり、糖鎖の機能と構造、原因遺伝子機能、そして病態機序を明らかにしてきました。また、その過程で新規の翻訳後修飾体であるリビトールリン酸と、その修飾酵素も発見しました。この疾患群は、Ⅱ型滑脳症などの中枢神経障害や心筋症も合併しますが、これらの病変に対しても独自の疾患モデルを用いた病態解明を進め、様々な治療法の開発を目指しています。

2.オルガネラバイオロジー
 糖鎖は様々な生命現象に関わるため、その生物学的意義を明らかにすることで、組織機能の維持や獲得の原理、病態の解明につながる可能性を秘めています。近年の技術進歩によって、糖鎖の構造や糖転移酵素の作動機序なども明らかになってきましたが、まだまだ不明な点が多い領域です。糖鎖修飾の特異性を決定するメカニズムが存在するはずですが、その実体はほとんど明らかにされていません。私たちはリビトールリン酸糖鎖修飾に着目し、グライコミクスやプロテオミクスの手法も含めた新しい切り口から、糖鎖修飾の秩序を制御する分子基盤の解明を目指しています。

3.メカノバイオロジー
 細胞には熱や動きなどの物理環境を感知し化学情報へと変換する仕組みが備わっていますが、このような細胞の機械応答の異常は、時に筋萎縮や心不全、骨粗しょう症などの疾患につながります。ところが、細胞がどのように機械刺激を感知し、どのようにそのシグナルを組織恒常性の維持に用いているのかについては、あまりわかっていません。この問題に対して、機械受容体を中心とする分子複合体―メカノセンソームという新概念を軸に、機械応答の分子・細胞・臓器にわたる多層的解析を通じ、環境への適応に重要な機械感知・シグナルの基盤を明らかにしていきます。最終的には、サルコペニア・ロコモティブシンドローム、筋痛、心不全、認知機能低下などの解明を視野に、超高齢社会におけるQOL向上に貢献することを目指します。

4.認知症
  超高齢社会において増加の一途をたどる認知症の予防・進展抑制の対策は急務であるものの、根本的な治療法は未だに存在していません。 主な認知症として神経細胞変性によるアルツハイマー病と脳血管障害による血管性認知症が挙げられます。私たちは認知症にかかわるアミロイドβの産出・代謝のメカニズムや、レニン・アンジオテンシン系を基盤とする血管障害・老化に関わる内在性の制御因子を探索し、画期的な予防・治療法の開発を目指しています。