RNA Neurobiologyとは?

 これまで遺伝子発現制御の中心は転写因子と考えられ、神経発生・脳形成研究においても転写コードの解読が最も重要なissueであったが、近年エピゲノム制御、クロマチン制御、RNA制御という次元の異なる制御の重要性が次々に明らかとなっている。この中のRNA制御は、近年の次世代シークエンサーを用いた技術革新により、遺伝子発現制御における重要性が次々に明らかとなっている。RNA結合タンパク質は、シス配列を認識してRNAに直接結合しその代謝を制御する分子で、従来はCapping・スプライシング・polyA付加等の転写後調節、RNAの局在、安定化、翻訳に関わる分子として認識されていたが、近年転写制御・クロマチン制御・液ー液相分離構造を介した核内構造制御等を含む幅広い遺伝子発現のプロセスに関与することが明らかとなっている(下図)。RNA結合タンパク質はclassicalなRNA結合ドメインをもつものがヒトで1,542個同定されており、さらにRNA結合ドメインを持たないがIP実験等でRNAへの結合が確認された分子まで含めると4,257以上の巨大分子群であり、時空間的・細胞特異的な遺伝子発現の多様性が求められる哺乳類の神経系などで特に重要であることが明らかとなりつつあるが、いまだその機能の多くは未解明である。

神経細胞内で遺伝子発現において多彩な機能を持つRNA制御のスキーム

RNA結合タンパク質がそれぞれどのような組織や細胞で発生のどの時期に発現しているかということは現在ほとんど分かっていません。私たちは大脳皮質形成をモデルとして、Laser Capture Micro-disscrtionおよびMicroArrayを用いて神経発生のプロセスでの全RNA結合タンパク質の時空間的な発現プロファイルを調べ(下図)、さらに未知のRNA結合タンパク質の遺伝子改変マウスの作成・解析を行うことで、神経発生においてRNA結合タンパク質が発生のどのようなプロセスを制御しているのかを解明しようとしています。

大脳形成過程におけるRNA結合タンパク質の発現プロファイリング (A)Laser Capture Micro-dissectionとExon Arrayを用いた、神経幹細胞層および分化神経細胞層のトランスプリプトーム解析のスキーム。略語: MZ, marginal zone; CP, nascent cortical plate; SP, subplate; IZ/SVZ, intermediate zone/subventricular zone; VZ, ventricular zone. Scale bar=100 µm (B)神経幹細胞に特異的するRNA結合タンパク質のリストとその特徴 (C)神経幹細胞に特異的するRNA結合タンパク質quaking(Qk)の免疫組織像

未知のRNA結合タンパク質の機能を明らかにするため、脳形成過程でのマーカー解析によるRNA結合タンパク質の発現プロファイリング、RNA結合タンパク質の結合標的遺伝子(RNA)・結合部位・頻度・consensus sequence等をゲノムワイドに網羅的に解析するためにCLIP-seq(UVクロスリンク免疫沈降法+次世代シークエンシング、UV cross-linking and immunoprecipitation with high-throughput sequencing)、さらにRNA-seqによるRNA結合タンパク質のKOまたはknock-downによる遺伝子発現変動を網羅的に解析し、この2つのデーターをマージして結合標的とそのRNA認識のルールと標的制御メカニズムの解析を行う手法を取っている(下図)。これに加えKO mouseのフェノタイプ解析をすることで、RNA結合タンパク質のin vivoでの生理的な機能やbiological functionを明らかにしている。一般にRNA結合タンパク質は細胞内で多くの制御標的を持ち、それらの発現や代謝を同時に制御してbiologicalな機能を発揮すると考えられており、これらの標的遺伝子群は「レギュロン」(regulon)と呼ばれている。RNA結合タンパク質の制御するregulonを同定するために、標的遺伝子につきgene ontology pathway analysis(GO解析)およびgene set enrichment analysis (GSEA)等を行う(下図)。これらの集学的な解析を用いることにより、個々のRNA結合タンパク質が神経発生・脳形成において遺伝子発現制御を介して何を制御し、それがどのような意味を持つのかを初めて明らかにすることができる。

これまでの主な研究成果

RNAの制御に着目して研究を行ってきた結果、これまで長年不明だった神経発生や脳形成の謎を解明することができ、さらに原因不明の神経難病や精神疾患の病態の理解や治療に結びつく研究成果を出すことに成功しました。今後一連の研究をさらに進めることで、脳科学・医学研究に貢献していきたいと思っています。

-神経幹細胞の運命を決める分子を発見 -脳形成機構の解明と脳腫瘍や精神疾患の治療法に期待-

神経巨大遺伝子の発現制御メカニズムの発見 -神経難病および精神疾患の病因解明と治療法開発に期待-

エネルギー代謝の包括的な調節機構により筋組織の発達・筋量を制御するメカニズムの発見

RNA結合タンパク質の標的分子探索手法を開発 -複雑なRNA制御のメカニズム解明に期待-

蛍光スプライシングレポーターシステムによる哺乳類のmRNA制御機構の解明