野元先生雑感

2016年04月25日

八十八夜(はちじゅうはちや)診療の方針 5月1日

5月1日 八十八夜
春分から88日目で、今年は閏年であり、5月1日となる。茶摘みの歌で知られる雑節である。

4月になり、諸君は研修医1年目となり、同時に社会人となった。責任をもって診療を担当できることに、喜びと緊張感を持っていることと思う。診療はメディカルスタッフと力を合わせてチームで行うが、医師は種々の情報を集めて、方針決定し、診療上の指示を送る立場となる。自分で給食を作ることはできなくてもよいが、給食の準備や内容は理解しておく必要がある。研修医の諸君はどこでも自由に学ぶことができる。栄養部や薬剤部、材料部、リハビリテーション部、事務部など、いろいろな部署にかかわって、多くを学んでほしい。

 

診療の方針

診療時の方針は「目の前の患者さんのために、自分の能力の範囲で、全力を尽くすこと」と考えている。皆さんが研修する病院は基幹病院であり、治療の難しい患者さんが多いと思う。「全力を尽くす」といっても、診断の難しい方が多く、診断がついても治せない病気が多い。一人の患者さんに使える時間には限りがあり、自分の実力にも体力にも限りがある。診療を開始すると患者さんを目の前にして無力さを感じることは少なくないと思う。「治す」ことは診療の目標であるが、「治せない」ことも多い。そのときには「目の前の患者さんのために、限られた時間の中で、とにかく、役に立つことをする」と考えて行動するとよい。

私はブリティッシュ・カウンシルのスカラーとしてロンドンに留学したが、当時の教授はマースデン教授 (Prof Marsden)で、毎週金曜日の診療に同席せてもらっていた。ジストニアの30歳代の男性は受診して、よくならないと訴えていた。毎月受診してくるので、別の若い医師に診察を依頼したところ、担当した医師がやって来て、「この患者をどう治療したらよいか?」と聞いてきた。マースデン教授は、「抗コリン薬は?、テトラベナジンは?、ドパミン受容体拮抗薬は?」などと提案したが、その医師は「どれもあなたが試しており、効いていない」と答えた。そして、「治らない患者をどうして私の診察に回したのですか。患者は診察を受けながら泣いている。あなたが治せない患者を私はどうしたらいいのですか?」と、その医師は抗議しながら、自分も泣きながら訴えた。マースデン教授はめずらしく大きな声で「Look after !」と怒鳴り、少し間をおいて、また静かに「 Look after !」と言い、その後、「この患者は、いろいろの処方を試みたが、改善していない。しかし、私が担当していないと、この症状はヒステリーと診断されてしまう。そうなると、彼の状況はもっと悲惨になってしまう。ジストニアは大脳基底核の病気であるが、よくならなくてもここで診療を続けることで、この患者の役に立っている」と説明された。米国へはしばしば機中泊をして1泊2日で出張する忙しいスケジュールのなかで診察を組んでおり、担当できる患者は限られていたと思うが、この患者を診察していた。

臥竜山荘