先輩からのメッセージ
Message from Seniors
教授・先輩からのメッセージ
山﨑亮教授
まずは、見て、診て、体験してほしい
脳神経内科というと、「難しそう」「自分には向いていないかもしれない」と感じる学生さんや初期研修医の先生も多いと思います。確かに、脳、脊髄、末梢神経、筋肉まで幅広く診る診療科ですので、覚えることは少なくありません。しかし、診療の出発点はとてもシンプルです。患者さんの話をよく聞き、神経診察を行い、「神経系のどこに問題があるのか」「なぜこの症状が起きているのか」を考える。その積み重ねから診断に近づいていくことが、脳神経内科の面白さです。
私自身も、学生の頃から将来は脳神経内科医になり、研究者になり、大学教授になる、と決めていたわけではありません。大分県で育ち、九州大学医学部を卒業した後、麻酔科、脳神経外科、内科などを経験し、その後、神経内科の道に進みました。振り返ってみると、明確な将来設計に沿って一直線に歩いてきたというより、その時々で目の前の患者さんや仕事に向き合い、面白いと思ったことを追いかけ、多くの人に教えてもらいながら今に至った、というのが実感です。
臨床も研究も、思い通りにならないことの方が多い
若い頃に勤務した松山赤十字病院をはじめとする市中病院では、大学にいるときに学んだ緻密な神経診察に加えて、迅速に診断し、治療方針を決める力が求められることを痛感しました。当時は8日に一度の救急当番日があり、その日には救急車が次々と到着して、本当に目が回るような忙しさでした。
自分一人の力で対応できるはずもありません。同僚だけでなく、他の内科や外科の先生方、看護師をはじめとする多くの医療スタッフと協力しながら、一つひとつの症例に対応しました。大変ではありましたが、臨床医として非常に充実した時期でしたし、患者さんを診るという仕事は決して一人で完結するものではないことを学びました。
その後大学に戻ると、「ミクログリアという細胞を研究してみないか」と言われました。当時の私にとって、ミクログリアはほとんど得体の知れない細胞でした。言われるがままに基礎研究室で研究を始めましたが、基礎研究の素養はほぼゼロでした。自分より5歳も年下の薬学出身の大学院生に、マウスの飼い方から教えてもらうところからのスタートです。臨床では少し仕事ができるようになったつもりでいましたので、これはなかなかこたえました。
基礎研究室ではさまざまな実験を行いましたが、実際に論文として形になった結果は、そこで得られたデータの1割にも満たなかったと思います。つまり、大部分の実験は論文には使われませんでした。うまくいかない実験も、失敗も数え切れないほどあり、その当時は「いったい何のためにやっているのだろう」と思うこともありました。
しかし今振り返ると、それらは決して無駄ではありませんでした。マウスの扱い、解剖、細胞培養、生化学実験、データの見方、実験がうまくいかなかったときに原因を考える習慣など、そこで身につけたことの多くが、その後の研究生活で繰り返し役に立ちました。成功した実験だけでなく、失敗した実験から学んだことも、現在の自分を形づくっています。
日本で身につけたものは、海外でも役に立った
学位を取得した後、妻と2歳半の息子を連れて米国Cleveland Clinicに留学しました。海外留学というと華やかに聞こえるかもしれませんが、最初は英語も十分に分からず、真冬のクリーブランドで右も左も分からないまま、家族とともに毎日生活するだけで精一杯でした。
英語で研究についてディスカッションすることも、当初は苦痛でした。相手が何を言っているのか十分理解できず、自分の考えもうまく伝えられません。それでも半年ほどすると少しずつ耳が慣れ、自分の意見を言えるようになり、ようやく研究そのものに打ち込めるようになりました。
留学当初、周囲の研究者が私を見る目は決して甘いものではありませんでした。それも当然です。日本でどのような肩書があったとしても、米国の研究室ではほとんど意味がありません。そこで問われるのは、実際に何ができるのか、どのようなデータを出せるのか、ということです。
一方で、学位研究で作成したFigureを評価してもらえたことは自信になりました。また、日本で身につけたマウスの取り扱いや解剖技術、細胞培養、生化学実験の知識も大いに役立ちました。少しずつ研究者として信頼してもらえるようになり、最終的には2年半にわたって研究に打ち込むことができました。
この経験を通して、自分がそれまで積み重ねてきたものの価値は、環境が変わって初めて分かることもあるのだと思いました。
遠回りに見える経験も、後になってつながってくる
帰国後は、再び新しい領域の基礎研究、臨床研究に取り組むとともに、若い医師や大学院生の研究指導にも携わるようになりました。海外からの留学生を受け入れる機会も増えました。文化も言葉も考え方も異なる人たちと一緒に仕事をするのは簡単ではなく、そのたびに臨床、研究、留学、さらにはそれまでの人生で身につけてきたものを総動員して対応してきたように思います。
准教授になってからは、自分自身の研究だけを考えていればよい時期ではなくなりました。医局の運営、若い医師の指導、学内外の仕事、他施設との調整など、自分のことは後回しにせざるを得ない場面も増えました。しかし、そのような仕事を通じて、それまで接点のなかった学内外の多くの先生方と知り合うことができ、新しい研究や仕事につながることもありました。
その時々では「自分の研究時間がなくなる」「なぜこんな仕事までしなければならないのだろう」と感じることもあります。しかし、後になって振り返ると、その経験が別の場面で役に立っていることが少なくありません。
松山赤十字病院で必死に患者さんを診た経験も、基礎研究室でマウスの飼い方から教わった経験も、何度も実験に失敗した経験も、海外で言葉に苦労した経験も、帰国後に後輩や留学生と向き合った経験も、医局や組織のために働いた経験も、すべてが現在の臨床、研究、教育につながっています。
さらに言えば、医学部に入る以前の経験も同じです。私は子どもの頃、兄と一緒にプラモデルを作るのが好きでした。細かな部品を扱ったり、デカールをずれないように貼ったりする作業に夢中になっていましたが、今振り返ると、こうした細かな手作業の経験は、マウス組織標本を作製するときの感覚に驚くほど直接つながっています。また、レゴブロックにも夢中になっていました。限られた部品を組み合わせて構造を作ること、全体像を想像しながら一つひとつ組み上げていくことは、研究で仮説を組み立てたり、複雑な現象を構造的に考えたりする感覚にもどこか通じているように思います。
このように、一見すると医学や研究とはまったく関係がないような経験でも、後になって思わぬ形で役に立つことがあります。幼少期から現在までに経験してきたことは、決してばらばらではありません。患者さんを理解するとき、新しい研究の問いを考えるとき、あるいは予想外の問題に直面したとき、それまでの人生で身につけてきた知識や感覚、考え方が思いがけず助けになることがあります。
基礎研究や臨床研究では、教科書に書かれていることを知っているだけでは、新しい研究テーマはなかなか生まれません。患者さんを診ていて感じた小さな疑問や違和感、過去の経験からふと浮かんだ発想が、新しい研究の出発点になることがあります。私にとって、臨床と基礎研究は別々のものではなく、それまでの人生経験も含めて、すべてがどこかでつながっています。
最も大切なのは、人との出会いだった
私自身のこれまでを振り返って、何より恵まれていたと思うのは、人との出会いです。
多くの同僚、先輩、後輩に助けてもらい、さまざまなことを教えてもらいました。時には厳しい意見をもらい、自分では気づかなかった問題を指摘してもらうこともありました。また、研究や仕事の機会を与え、進む方向を示してくださった恩師にも恵まれました。
自分一人で成し遂げたことは、実際にはほとんどありません。
若い皆さんには、「どの診療科に進めば将来有利なのか」「どの大学に行けばよいのか」「何を専門にすればよいのか」ということだけではなく、「誰と一緒に仕事をしたいか」「誰から学びたいか」ということも大切にしてほしいと思います。良い師、良い仲間、良い後輩との出会いは、ときに専門分野以上に、その後の人生を大きく左右します。
そして、私自身について言えば、これまで医師、研究者として仕事を続けてこられたのは、何より家族の支えがあったからです。留学も研究も、大学での仕事も、自分一人の選択だけで成り立っているものではありません。家族にも多くの負担をかけ、支えてもらいながら今日まで仕事を続けてきました。そのことへの感謝は、年齢を重ねるほど強く感じるようになりました。
仕事はもちろん大切です。しかし、自分を支えてくれる人を大切にすることも、長く医師として働いていくうえで忘れてはいけないことだと思っています。
脳神経内科には、いろいろな道がある
脳神経内科は非常に幅の広い分野です。脳卒中や救急診療に力を注ぐ医師もいれば、パーキンソン病や認知症、神経免疫疾患、末梢神経疾患、筋疾患、神経難病など、それぞれの専門領域を深める医師もいます。地域医療を支える道もあれば、臨床研究や基礎研究に進み、国内外で研鑽を積む道もあります。
愛媛大学の脳神経内科・老年医学講座では、脳神経内科と老年医学を一つの講座の中で学ぶことができます。高齢化が進む社会では、神経疾患だけを診るのではなく、フレイル、サルコペニア、多疾患併存など、高齢者が抱えるさまざまな問題を含めて患者さんを診る視点がますます重要になります。脳神経内科と老年医学の両方を同じ環境で学べることは、当講座の大きな特色です。
また、愛媛大学出身者だけでなく、さまざまな大学や経歴を持つ医師が集まっています。目指す医師像も、興味を持つ分野も一人ひとり違ってよいと思っています。全員を同じ型にはめるのではなく、それぞれが自分の興味や強みを見つけ、それを伸ばしていける講座にしたいと考えています。
私自身、福岡から愛媛に移り、現在は松山で暮らしています。若い頃に松山赤十字病院で勤務した経験もあり、再びこの地で仕事をすることになったことには不思議な縁を感じています。愛媛・四国は高齢化が進む地域でもあり、脳神経内科・老年医学が果たすべき役割は非常に大きいと感じています。地域医療に貢献しながら、専門的な診療、教育、研究にも取り組むことのできる環境です。
将来を決めすぎなくてもいい
学生や研修医の皆さんには、若いうちから完璧な将来設計を立てる必要はない、と伝えたいと思います。
目の前の仕事を一生懸命やること。分からないことは、年齢や立場に関係なく素直に教えてもらうこと。失敗を恐れず、新しいことを経験すること。そして、人との縁を大切にすること。
その一つひとつが、何年か、何十年かたったときに思いがけない形でつながっていきます。私自身がそうでした。
脳神経内科に少しでも興味を持ったら、まずは一度、当科を見に来てください。私たちがどのように患者さんを診ているのか、若い医師がどのように考え、先輩医師とどのように議論しているのかを、実際に見てほしいと思います。できれば自分でも患者さんを診察し、神経診察から病変部位や診断を考えるところまで体験してみてください。
そして、「ちょっと面白いかもしれない」と思ったら、その感覚を大切にしてください。
私たちの講座が、皆さんにとって良い仲間、良い先輩、良い師、そして自分自身の新しい可能性に出会える場所になれば嬉しく思います。
近藤 秀 先生
脳神経内科に興味を持った動機は?
学生時代から脳に興味があり、脳神経外科と内科でかなり迷っていました。
脳神経内科は病歴聴取・身体診察から疾患にあたりをつけていく内科的な面白さはもちろんのこと、神経診察という患者を診れば診るだけ成長していく技術の楽しさに惹かれました。また、認知症など脳機能系はやはり脳神経内科(もしくは精神科)の方が専門的だと感じ、脳神経内科に決めました。
入局前の想像と現実のギャップは?
入局前の想像と大きなギャップは無く、大学での勤務は一つ一つの症例を丁寧に勉強していく形で、右も左もわからない私にはとても有り難くゆっくりと成長していくことが出来ました。
ギャップを強いて挙げるなら、医局の上の先生方とは研修医時代はあまり関わることが無かったのですが、どの先生も優しく丁寧にご指導頂き、医局内で気軽に質問できる空気だったことはある意味想像していなかった点かもしれません。
実際に研修して感じた興味ポイント・モチベーションを教えて!
研修前は脳血管系(脳梗塞など)をカテーテル治療など含めてやってみたい気持ちと脳機能系(認知症など)を専門としたい気持ちがありましたが、研修して神経伝導検査や認知機能検査などの面白さに気づき、神経変性疾患や炎症性疾患にも興味が出てきました。
モチベーションは、患者を診れば診るだけ診察技術が上がっていき、それがまた正しい治療に結びついていくことです。
桑垣 詩織 先生
脳神経内科に興味を持った動機は?
学生時代から脳神経領域に興味があり、学生実習や初期研修で実際に患者さんの診察や検査を行う中で、神経学的所見から病変部位を推定し、電気生理検査や画像検査などから診断に繋げていくプロセスに面白さを感じました。
入局前の想像と現実のギャップは?
大学病院では指導医の先生方から色々なアドバイスをもらいながら、症例数は多くはありませんが1つ1つの症例を丁寧に勉強することができます。一方で大学病院は慢性期疾患が多く、脳卒中やてんかん、髄膜炎などの急性期疾患を診る機会が少ないことに不安を感じていましたが、現在研修中の松山赤十字病院では急性期から慢性期まで幅広い疾患を経験することができており、その点は心配ないと思いました。
実際に研修して感じた興味ポイント・モチベーションを教えて!
脳神経内科は治癒が難しい疾患が多い印象がありましたが、日々新しい治療の研究が進んでおり、やりがいのある分野だと感じています。変性疾患や免疫疾患などの慢性期疾患は長期的な治療が必要になる場合が多く、患者さん一人ひとりと丁寧に向き合いながらサポートしていきたいと考えています。
武井聡子先生
脳神経内科に興味を持った動機は?
学生時にローテーションした時、神経診察の難しさや、疾患を系統立てて考察していくことの難しさと面白さを実感しました。また、神経の病気ではまだまだ分かっていないことが多くあり、今後飛躍的に発展が見込まれる分野で、ずっと興味やモチベーションを持って診療に従事していくことができるのではないか、と思ったことが脳神経内科に決めた一番の理由です。
入局前の想像と現実のギャップは?
入局前は、当科(大学勤務)では精査目的の入院や特殊な疾患の治療入院が多く、経験できる症例が少ないのではないか、という心配がありました。
実際に勤務してみると、県内全域から患者さんが集まってくるため疾患は多岐に渡り、検査実施や結果の検討および解釈、疾患の文献検索をしたり、とすべきことは多く、1つ1つの症例を丁寧に診ることの重要さを実感しました。また、大学病院勤務では脳卒中などの急性期疾患をみる機会は少ないですが、当科では関連病院も多いため、希望に応じて専門医研修の一環として、一定期間は関連の救急病院等でローテ研修をすることになっています。
現在子育て中ですが、基本的な業務内容を減らしてもらい、こどもが体調を崩した時は他医師に業務を引き継ぎ早退させてもらっています。医局のスタッフの理解や協力体制は万全だと感じる今日この頃です。
実際に研修して感じた興味ポイント・モチベーションを教えて!
神経疾患はまだまだ分かっていないことが多く、今後発展することが期待できる診療科と考えています。患者さんに寄り添いながら、その患者さんに合った最新の治療が常にできるようにしたいと思うことがモチベーションになっています。今後、特に極めたい専門領域ができたら、県外研修などでレベルアップし、技術や知識を愛媛に持ち帰りたい、と考えています。
千崎健佑先生
脳神経内科に興味を持った動機は?
私は学生時代より総合診療医を志望していました。現在の医局に入局したのは、様々な診療科の中でも特に脳神経内科は全身を診察する診療科であり、総合診療医としての専門性を高める際に最適な診療科と考えたからです。脳神経内科の領域では神経救急領域(脳血管障害、てんかんなど)と免疫性神経疾患(重症筋無力症、多発性硬化症など)に特に興味があります。前者は救急場面での適切な診断と治療が予後に直結する責任があるからです。後者は若年患者さんの数十年を背負っている責任があり、また治療が目覚ましく進歩していて治療効果を明確に実感できるからです。
入局前の想像と現実のギャップは?
私は小学校1年生から現在まで継続して「サッカー」をしています(卒業後は勤務地に合わせて様々なチームに所属しています)。つまり、完全に体育会系>>>文化系であるため他の診療科よりも多いであろう「足」を使わない業務(カルテ・退院サマリー作成・論文検索・学会準備)に大変苦労しました。ただ、「足」で稼ぐことをモットーに患者さんと指導医に「足」を運び日々学んでいます。私のように身体を動かすことが好きで机でじっと勉強することが苦手な学生さん、研修医も問題ないと思います。
実際に研修して感じた興味ポイント・モチベーションを教えて!
病歴聴取と身体診察が重要な科であり、患者さんを診れば診るほど知識が増える、つまり「百聞は一見に如かず」的な要素が強いことが興味ポイントです。診断・治療に対する責任が大きいことや、他の診療科からコンサルテーションを受けることが多いことがモチベーションになっています。